30年の研究成果を人助けに。本物の見え方を設計する「REALAPS®」開発者 中村芳樹 教授

2017.04.27 記者:佐藤 愛美 編集・校正:やつづか えり 撮影・取材サポート:神谷 亮平 インタビュー

「なぜ、リンゴが赤色に見えるか分かる?」

取材に訪れた私たちに見え方のメカニズムを分かりやすく説明してくださったのは、株式会社ビジュアル・テクノロジー研究所のCTO、中村芳樹さん。中村さんは、東京工業大学の教授として視環境設計に関する研究を行う傍ら、事業を営んでいます。

中村さんの研究開発によって生まれた「REALAPS®(リアラプス)」は、見え方を数値化し、建築デザインを支援するソフトウェアです。見え方が数値化できる技術とは一体どのようなものなのでしょうか?

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見え方を数値化し、本物の見え方を再現するツール

リンゴがなぜ赤色に見えるのか、あまり考えたことがありませんでした。光が関係しているのでしょうか?

なぜリンゴが赤く見えるか、一般的には「赤く見える光を反射しているから」と説明されますね。光の中には様々な波長の光が入っていて、リンゴは赤く見える波長の光だけを反射していると。確かに、どんな光を反射しているかによって色は変わります。しかし、それだけで人が知覚する色は決まりません。電球の光を当てた時の反射光と日光を当てた時の反射光は違いますよね。でも、人は目で見て同じ色だと知覚します。また同じものの反射光でも周辺のものが異なると違う色に見えます。ものの見え方は周辺のものとの相対的な比較で決まるんです。このリンゴは、周辺のものとの比較で赤く見えているんですね。

▲左右の画像で中央のRGBの値は同じだが、左側は明るく、右側は暗く見える

僕がやっているのは、物の見え方を数値化して表し、本物の見え方を再現する技術の開発です。今見ているものを、まったく正しく表現するためにはどうしたら良いか、本物の見え方にするためには値がどのような関係になっていれば良いのかをソフト上で操作できるようにしたんです。それが現在発売されている「REALAPS®」です。

「REALAPS®」はどのようなツールなのでしょうか?

「REALAPS®」は建築デザインの段階で完成後の見え方を正確に予測、検討することができる照明設計の支援ツールです。空間の見え方をシュミレーションし、ビジュアル化することが可能です。空間のまぶしさや明るさを数値化できるので、建築に携わる人たちが、自身の設計に問題がないかを数値をもとに判断できるようになることを目的としています。

設計に挑戦し、ぶつかった壁

中村さんは、なぜこういった照明設計の支援ツールを作られたのですか?

もともと僕の研究分野は環境工学系で、建築における照明や色彩などを計算することを専門にしてきました。ある時、自分で部屋の照明環境を設計してみたいなと思ったことがあり、教科書をきちんと覚えてから取り組んでみたんです。ところが、全然できなかったんですよ。照明の個数や色、出力の強さなどによって部屋の雰囲気は大きく変わってきます。ある照明器具をつけたら部屋がどんな雰囲気になるのか知りたいのに、それが分からないのです。しっかりと勉強をしても分からない、照明の物理的な設計と見え方の設計は別の技術なんだと気付きました。

建築の良さは、どんなふうに見えるかによって評価が決まってきます。ぱっと見た時につまらないものだったら選ばれないでしょう。だからこそ、見え方の決め手となる光の当たり方と、光が当たった時の部屋の見え方を正確に把握する必要があるのです。

部屋の見え方を正確に予測することができない、という壁にぶつかったのですね。

これまでの建築デザインは、作り手の経験や感性に頼ってやってきた部分があります。大雑把な設計はできるけど、どう見えるかまで含めた、正確な設計はできない。建築デザインの分野における大きなギャップと足りない部分を埋めたいという思いがありました。そこで初めて本物の見え方を数値化し、再現できるようにしたのが僕たちの技術なんです。

「REALAPS®」を使えば、誰もが建築の見え方を設計できるようになるでしょう。すると、誰でも正確な見え方を把握できるようになるので、いい加減な建築デザインはできなくなります。そうするとデザイナーのレベルも上がり、建築業界全体に大きな革新をもたらすことを予想しています。

作った技術でみんなを幸せにしたい

現在の事業を始めた経緯は?

20年ほど前、大学で研究開発を行っていた技術の特許出願を行ったんです。その後、審査請求をする段階でお金が必要になり、資金作りのために会社を立ち上げることになりました。僕はCTOとして携わり、今年で11年目を迎えます。

僕自身は技術屋なので、ビジネスに特別な興味を持っていたわけではありません。事業を始めることになったのは行き掛かり上でしたが、どうせやるなら成功させたいという思いがあってやっています。また、この技術はきっと社会的にも役立つだろうという強い信念を持っています。事業を成功させて、もっとお金を儲けたいというよりは、この技術が普及することによって、みんなが幸せになってほしいですね。

ビジュアル・テクノロジー研究所の現在の事業内容について教えてください。

現在は、4つの柱で活動しています。ひとつはソフトウェアの販売です。もうひとつは、「 REALAPS® Control System」という見え方を制御するシステムの提供です。これは、「REALAPS®」の計算結果を用いて、照明の強さを調整したり、人工の光をできるだけ使わずブラインドの角度を変えて日光を入れたりといった機器の制御を自動で行うシステムです。3つ目は教育活動です。今までにはない新しい技術を取り扱っているため、多くの人に知っていただくためにセミナー活動を行っています。そして、4つ目は、企業のコンサルティングです。物の見え方が重要となってくる企業はたくさんあるので、そういったところのサポートを行っています。

僕は大学と兼業で働いているため、根幹の考え方は作るけれど、プログラミングやコンサルティングは他の社員に補助してもらいながら運営しています。

30年間、粘り強く同じことをやり続けた

中村さんの技術を使えば、心地良い物の見え方を再現することができるのですね。

本当に良いものは人しか決められません。時代と共に変わっていくものや、季節の流行の色なんかを決めるのは、機械ではなく人です。人は気分によって選ぶものが変わり、多くの可能性がある中で選択をしていきます。あくまでも価値を決めるのは人であり、価値を決めるサポートをするのが僕たちの技術だと思っています。機械に「これがいい」と示されても、みんな言うこと聞かないでしょう(笑)。

中村さんの開発のアイデアは、どのように湧いてくるのですか?

僕は生活と仕事と研究が分離していないので、ずっと考えているんですよ。家でご飯を食べている時も「なんでこんなふうに見えるのかな?」と考えています。朝早く目が覚めると、ずーっと考えています。思いついたことはその場でメモを取らず、もう一回、繰り返し考えてみるんです。同じ結論に辿り着かなければそれは間違えているし、同じ結論になれば正しいことなので、そこで初めてメモに残すんです。

大学で学生たちによく言うのは、問題意識を持って臨みなさいということです。何か学べるものがあるのではないか、こういうことを知りたいという気持ちがあれば、すごく些細なことからも勉強ができるんです。素直に物事を見ると、ころころと転がってくるものがあるので、それをしっかり拾うことが大切ですね。

自分は30年間、同じことをずっとやり続けてきたので、「こっちがだめなら、今度はあっちのやり方をしよう」というしつこく粘る態度こそ、本当の成功の鍵だと思っています。

様々な分野で応用

最後に、今後の展望について教えてください。

見え方を設計する技術が、今後は様々な分野で応用できたらいいなと考えています。医療界であれば内視鏡の見え方を本物通りに再現し、異常を発見しやすくしたり。化粧品の組み合わせをシミュレーションして色味を確認することができるツールを作ったり。リアルな見え方を期待される全てのものに応用の可能性があります。

他の専門家とも連携を図りながら、この「本物の見え方を設計する技術」を普及させたいです。僕が作った技術をみんなに使ってもらって、結果として人助けに繋がればいいなと思っています。

佐藤 愛美

中村さんが作った「本物の見え方を設計する技術」は、今後、医療や福祉、教育、美容など様々な分野に導入されていくことが予想されます。見え方が正確に再現されることによって、自分にとってより良いものを選択できるようになり、医療やヘルスケアの分野と結びつけば、健康を守る手段としても効果が期待できそうです。「REALAPS®」に続いて、今後はどのようなプロダクトが誕生するのか注目したいと思います。

- WRITER PROFILE -

首都圏を中心に取材・執筆を行うフリーライター。福祉業界で働いていた経験を活かし、人の代弁者となり魅力を引き出せるような記事作成を目指している。

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